〜第1部 18人の決断〜
   〜第1話 襲撃1〜
    今しがたナーブを通して依頼のメールがユウトの元に届く。
    「トーベナス社を襲撃せよ」
   漠然と打ち出された文字、これが依頼内容である。相手は分からずただ単に依頼内容と目的
   場所、そして報酬金額のみ提示してあるだけだった。
   しかしレイヴンにいらぬ詮索は不必要。合否に問わず依頼を機械の如く遂行し、己の戦闘力を
   高める。それが一般レイヴンの常識であった。
   ユウトは今まで己に課せられた使命を自覚しつつも、普通のレイヴンと同じ過ごし方を行って
   いたのである。
    彼は即座に返事を返し、自室からガレージへと向かった。
   黒髪で長身、頭にはバンダナを巻いている。護身用の銃も腰に装備。何が起きてもおかしく
   ないこのご時世である、自分の身は自分の手で守らなくては生きていけない世界だ。
   そんな中を小松崎優斗はしっかりと生きていた。

メカニック長「依頼なの?」
ユウト「はい、急いで出撃します。」
メカニック長「分かったわ。」
    メカニック長では珍しい女性。それもその筈、彼女はユウトの両親が育てた凄腕の技術者。
   戦災孤児であった彼女を、我が子当然に育て上げる。ユウトにとって義姉に当たる。
    名前はキュービヌ=レイヴュ。
   最初はレイヴンとして育て上げようとしていたが、彼女にはレイヴンとしての素質があまり
   なかった。むしろメカニック系の素質があった。
   それを見抜いた両親は彼女をユウト専属技術者にするべく、自分達の師匠的人物の力を借りて
   修行をした。

    かつて実在した最強レイヴン、吉倉天城の保護者的人物。全ての火器兵器を自由自在に操作
   可能という猛者、デンジャラスガンナーのトム=ハイゼンである。
   もっともトム自身が彼女を指導したのではない。彼の弟子である、ライディル=クルヴェイア
   である。
    トムの3代目の弟子である彼は、メカニックとしての技術力と応用技術など並外れていた。
   旧式ACから新型ACへ移行する際、その機構をすぐにマスターしてしまった猛者でもある。
   正しくトムの生き写しであり、リバースデンジャラスガンナーである。
   ライディルはキュービヌの師匠であり、別の意味での小父さんでもあった。もちろん彼女は
   一応レイヴンとして行動が可能だ。いわゆるペーパーパイロットと言ったところか。

    ユウトはキュービヌが愛機エアーファントムを調整中、タラップを歩きコクピットへと乗り
   込む。
   座席に座ると、メインシステムを起動。ジェネレーターの低い唸りが起こり、メインランプが
   点灯する。
   旧式ACとは全く違ったメインモニターや計器類。旧型ACより格段に操作感が難しくなった
   とも言えよう。
   だがユウトは初心であるにもかかわらず、新型ACを簡単に操作してしまった。正しく天性
   とも言えるだろう。

キュービヌ「どうだいユウちゃん、調子の方は?」
ユウト「完璧です、姉さん。全て元通りに戻っていますよ。」
キュービヌ「当たり前よ、私が一晩かけて修復したんだから。」
    昨日ユウトはある依頼を受けた、無人型MTを撃破する依頼である。
   ユウトは何が起きても大丈夫なように万全な体制で挑んだ。だが相手MTの火力は凄まじく、
   たった1体なのにACにも匹敵するほどの戦闘力を有していた。
   何とか勝利したものの、彼の愛機は完全に行動不能状態に陥ってしまう。
   その後キュービヌが愛機と共に救援に駆け付け、ガレージへと引き返したのであった。
ユウト「でもあのMT、一体どこから現れたのでしょうか・・・。」
キュービヌ「おおよそ大企業が試作、暴走でもしたんでしょう。」
ユウト「だといいのですが・・・。」
    ユウトは思った。昨日戦ったMT、あれは以前ロストフィールドというエリアで交戦した物
   と同じであった気がしたからだ。
   ユウトが祖父の日記や過去の戦術データを洗ってみた所、それと同じ機種が見つかった。

    かつて実在したムラクモやクロームという大企業が共同出資し、ウェンズデイ機関と共に
   製作した巨大MTファンタズマ。
   人間の脳を直接機械に接続、完全な戦闘マシンへと化せる。搭乗者は強化人間が限定であり、
   数多くのレイヴンが実験体として使われた経歴もある。
    だがそれは約1世紀も昔の事。祖父が破壊神たる連中と交戦した時に、同じMTが出現した
   そうだ。
    そしてユウトがロストフィールドで死闘を演じた同機種ともいえるファンタズマ。
   これは何かの偶然なのだろうか。それとも誰かが意図的に製造しているのであろうか・・・。
   彼はその事を考えながら、ACの最終チェックを続けた。
    機体の最終チェックが終わると、ハンガーの撤去をうながす。キュービヌの操作により、
   愛機からアームが外れていく。
   自由になったエアーファントムはガレージ中央へと進み出た。
ユウト「行ってきます姉さん。」
キュービヌ「気を付けてね。」
    挨拶を済ますとエアーファントムはハッチへと向かう。大振動と共にACがハッチへ進み、
   コクピット内部操作により大型ハッチが開き出す。
   開き切った大型ハッチを確認すると、エアーファントムはガレージから外へと出て行った。

    陽光が淡く照り注ぐ地上、ネオ・アイザックシティ近郊にトーベナス社がある。独自の流通
   ルートを多数所持している事から、裏世界の企業としての認識が強い。
   だが本社の方はその見方を毛嫌いしている。それもその筈、トーベナス社が地上と地下の住人
   から圧倒的支持を受けているからであった。
    そんなトーベナス社の存在が気に食わない他の面々が、偽情報を出して存在感を下げようと
   しているのである。
    ユウトが今回受けた依頼、これは他社からの嫌がらせが過激化した結果である。
   つまりトーベナス社の存在そのものが許せなくなった為、実力行使でトーベナス社を壊滅させ
   ようとしたのであった。
   もちろんユウトはそんな水面下の事実を知る由もない。

女性「ハンガーを撤去してください。」
メカニック「分かりました、ライア様。」
    慣れない操作でコクピット内部からメカニックへと指示をする女性。
    ライア=トーベナス。
   トーベナス社の若き女社長であり、レイヴンとしての一面も合わせ持っている。
   もっとも今の世の中、複数のスキルを所持している人物の方が生きていける。それは男性でも
   女性でもしっかり理解しているのである。
    メカニックはコンソールを操作し、ハンガーアームを撤去しだす。アームによる拘束から
   解放されたライアの愛機ダークネスハウンドは、徐にガレージ内を歩行する。
    彼女は数日前にレイヴンになったばかりであった。まだ一連の操作しか身に付けていない。
   慎重にかつ迅速に練習を繰り返す。
男性「どうですか、ライア様。愛機の調子は?」
ライア「上出来ですガードックさん。これなら数日後には確実にマスターできます。」
    ガードック=インシェルア。
   ライアの保護者的存在であり、彼女が行えない行動などを代理として行っている。言うなれば
   トーベナス社の副社長を担っていると言えよう。
    ライアは彼の指導の下、AC操作技術を身に付けようとしていた。
   自分もレイヴンになり困っている人々を助けてあげたい。ライアはこのような理由でレイヴン
   になったのであった。

    ガレージ内部にACの歩行音が響く中、内部スピーカーから通信士の音声が響き渡る。
トーベナス通信士「ガードック様。こちらに接近中の物体を確認。おそらくACかと思われます。」
ガードック「了解、すぐに迎撃に向かう。」
    ライアの監督役を一時中断し、愛機の元へと向かおうとするガードック。そのガードックを
   彼女が引き止めた。
ライア「ガードックさん、私も行きます。」
ガードック「無理はしない方がいい、ライア様はまだまだ未熟。」
ライア「でも・・・戦うべき時は今なんです!」
    ガードックはライアの強い意志と決意を瞬時に見抜く。
   他人の為なら命を投げ打ってでも行動するというライアの激しき思考。これはガードック自身
   も痛いほど良く解かっていた。
    彼女の両親は2歳の時、テロリストによって殺害されている。これもやはりトーベナス社を
   好ましく思っていない連中達の行動であった。
   それから彼女は両親の忠実な部下ガードックと共にトーベナス社を運営し、今に至っているの
   である。
ガードック「分かった、危なくなったら引き上げなよ。」
ライア「はいっ!」
    ガードックはガレージに待機中の愛機、ガーディアンフォートレスに乗り込み出撃準備を
   開始する。
   その間テスト歩行をしているダークネスハウンドは、先にガレージの外へと出て行った。
    昨日ナーヴズ・コンコードのレイヴンテストをクリアした彼女。その足で自分の愛機を作成
   し短期間ながらも訓練を行っていた。言わば全くの初心者である。
   緊張感が走るライア、彼女にとって今回の出撃は全くの初陣である。それでも恐れず突き進む
   のであった。

トーベナス通信士「前方距離1200、ACは1機だけです。お気を付けて。」
ライア「了解。」
    ダークネスハウンドは社外に出ると、敵ACが接近してくる先を向く。
   ライアはコクピット内部で、ヘッドセンサーアイから送られてくる画像をモニターで凝視。
   今まで以上の緊張感がライアを襲う。
ライア「・・・来たな。」
   ダークネスハウンドの頭部レーダー範囲内でACをキャッチ、ライアは愛機を相手ACへと
   進ませた。主力武器のマシンガンを構えつつ、攻撃範囲内へ向かう。

ユウト「敵ACは1機だけか。」
    ユウトはブースターダッシュでエアーファントムを進ませる。前方にはダークネスハウンド
   が確認できる。
    一方ライアは慎重に愛機を進ませていた。一歩ずつ確実にである。この行動を見たユウトは
   相手の出方が確認で出来ずにいた。
ユウト「何だこいつの行動は・・・。初心者なのか・・、それともかなりのやり手なのか・・。」
    ユウトはエアーファントムを左側へ移動させる。そして相手の出方を観察するため左肩装備
   のマルチミサイルを放った。
   一発の放たれたミサイルが途中で分裂、4発のミサイルとなってダークネスハウンドを襲う。
    エアーファントム側から放たれたマルチミサイルを、ダークネスハウンドは何も出来ずに
   4発全てを受けようとしていた。
   現在の普通レイヴンならミサイル迎撃装置を作動し迎撃するか、ACを回避行動に回すかの
   行動を取るであろう。
   だがライアは初心者だ、ここまで機転が回らなかった。
   それにエクステンションミサイル迎撃装置は装備していないダークネスハウンドである。
   唯一のコア迎撃装置が4発中1発を迎撃する。残りの3発がライアに直撃した。
    3発のミサイルの直撃はダークネスハウンドの左肩チェインガンを大破させ、相手の戦力を
   確実に殺いでいた。
ライア「ぐ・・・ちきしょう!」
   ライアも負けじと反撃に出る。ダークネスハウンドは主力武器のマシンガンを放ち、弾幕を
   張り出す。
   だがエアーファントムは踊っているかのごとく回避し、徐々にダークネスハウンドへと進み
   出て行った。

    ライアは我を忘れ我武者羅に攻撃をしている。当然相手がそんな行動を取っている事など
   知る由もない。
   彼女がそれに気付いた時点では、もう遅かったのであった。
ライア「?!・・・しまった・・・。」
    エアーファントムは左腕武器のレーザーブレードを繰り出し、ダークネスハウンドへ斬り
   付けようとした。
   だがそこになぎ入るように赤い重装甲ACが現れ、左腕武器のエネルギーシールドを展開。
   ユウトが繰り出した斬撃は、シールドを斬り付ける。
   双方ともエネルギー兵器であったため、ダメージは皆無に近かった。
    突如目の前に現れた重装ACにユウトは驚き、愛機を後方へと移動させた。その間回避行動
   はしっかり行っている。
ガードック「大丈夫ですかライア様!」
ライア「あ・・ありがとう・・・。」
ガードック「誰だ貴様は!」
    ダークネスハウンドを庇うようにして、ガードックの愛機ガーディアンフォートレスが前に
   出る。そして内部通信回線をオープンし、相手へ怒涛の叫びを発した。
   ユウトも愛機の内部通信回線をオープンし、2人に通信を入れる。
ユウト「依頼だ、トーベナス社を壊滅させろと。」
ライア「どこの差し金ですか!」
   ライアが震える声で通信を入れる。その声を聞いたユウトは驚いた、相手が女性レイヴンで
   あったからだ。
   だが些細な感情は押し殺し、話に応じ続ける。
ユウト「話す必要があるのか?」
ライア「大有りよ、私達は世界を救おうと努力しているのよ。それをなぜ妬むの!」
ユウト「一レイヴンには関係のない事だ。だがもしその行動が本当であれば、見逃してやる。」
   ユウトの意外な発言に、ライアとガードックは驚いた。自分達を馬鹿にしているのか、それ
   ともそれなりの関心があっての答えなのか。
   ライアはユウトに更に問い続けた。
ライア「・・・それは一体どういう意味なの?」
ユウト「俺の行動理念に一致しているからだ。世界を救う、俺の祖父が行っていた事だからな。」
ガードック「世界を救う・・・。」
   ガードックは世界を救うという言葉に、ある人物の事が脳裏を過ぎる。ライアは何がなんだか
   分からないといった表情をしていた。

    そんな中、ユウトはエアーファントムの武装を解除。再度2人に通信を入れた。
ユウト「貴方達を信じよう、祖父も人を信じる事から始めなさいと言っていたからね。襲撃して申し
    訳なかった、クライアントには気に食わなかったので止めたと言っておくよ。」
   エアーファントムは反転すると、オーバードブーストを発動。その場から去って行った。
ライア「待って、あなたは一体・・・。」
   ライアが相手の事を知ろうと話し掛ける。だがエアーファントムは内部通信可能領域から
   離脱しており、答えは返って来なかった。
   直後ガードックは何かを思い出したらしく、大声で叫び出した。
ガードック「そうだ、思い出した。約一世紀以上前に実在していたレイヴン、吉倉天城という人物の
      思考と同じなんだ。」
ライア「吉倉天城・・・、あのロストナンバーレイヴンズのリーダーですか?!」
    ライアは驚愕する。ロストナンバーレイヴンズは今の世界では伝説上の称号に近く、過去に
   実在していた事だけしか今の人間には分からない。
ガードック「私が生まれる前の事なんで、よく分かりませんが。でも最強のレイヴンがいた事は確か
      です。」
ライア「吉倉天城・・・。先程のレイヴンは・・・吉倉天城の縁の者・・・。」
   ライアは呟くようにそう話す。
    吉倉天城の存在、世界を救おうとしている者達にとって神的な存在である。
   もっとも今の世界に神などという存在はない。見習うべき存在であり、憧れの存在と言った方
   が正しいだろう。
   ライアは自分達を襲撃したレイヴンの事が頭の中に一杯であった。
                               第1話・2へ続く

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