第3部 9人の勇士 36人の猛将 〜第4話 起動する駒4〜 一同の脳裏に深い疑問が残る。クローン体の魂の定着。それがどうやって成功するのか。 考えても考え切れないほど深く難しい問題。いや、問題を通り越し解く事は不可能だろう。 しかし現にクローンファイターズの存在が、その問題を解いている。だがそれが何なのか、 それまでは理解が出来ない一同であった。 リュウジ(イレギュラーに限る) リュウジが話した簡単な締め括り方法。一同は非常に納得がいかなかったが、考えれば考える 程辛くなるのでその方法をとった。 人の決意の仕方までとやかくいう筋合いはない。また自分がどう解決しようがとやかく言わ れる筋合いもない。 今の世界の他人と干渉しない、皮肉にもこれが解決方法に繋がった。 自分の都合で主義主張を一変させるレイヴン、そして人間という存在。 実に人間とは身勝手な生き物だなと、悩んだ一同は思わざろう得なかった。 リュウジ「さて、今日も雨天。昨日の汚名返上を行うのだ。」 普段の合成音声ではない彼の真の肉声に、今だ戸惑いを示しながら動き出す11人。 しかし動ける時は動いた方がいいという助言に、彼等は無意識に動き出していた。 表は小雨が降り、薄く霧が立ち込めている。時間は既に午後6時を回っており、徐々に薄 暗くなりつつあった。 新米レイヴン・未戦闘経験レイヴン・テストレイヴンを代表した11人は、それぞれの機体 に搭乗し財閥外へと出て行く。 ライディルとサーベンはファンタズマ改、その他の面々は自分の愛機に搭乗している。 その後ヴァスタール20体が財閥外へと出てくる。どれも同じロジックではあるが、異なる 機体構成であるため動きは変わる。 ウインド「様子見はせいぜい5分前後にしなよ。それ以上だと相手に隙を与える事になる。今回は 5分以上経過後、相手側が動く仕組みにしてあるからよく考えて動きな。」 一同「了解。」 11人はゆっくりと動き出すと同時に、相手の動きを慎重に観察していく。足下が普段より 悪いため、本当に慎重な行動と取っている。 そんな31機の機体を注意深く見守る一同。そしてこの戦闘が後々大きく役立つ事に、 11人は考える術はなかった。 地球ロストフィールド中心地。その地下深くにそれはあった。 かつて火星の争乱に用いられた戦略航空戦艦STAI。レオス=クラインがフォボス決戦の前 に切り札として見せ付けていたあれである。 デヴィルとシェンヴェルンはこれを今回の作戦に用いようとしていたのだ。 ネオ・アイザックシティを軽く越えるほどの巨大さを有しており、その火力も一時は火星を 焦土に出来るほどと噂されていた。 ユウトがこのSTAIに乗り込み、直接レオス=クライン本人を叩いた。その後フォボスへ 追い詰め、そこで決着を着けていた。 デヴィル「火星の物と何ら変わらない性能なのだな。」 シェンヴェルン「設計図があれば建造は可能。」 今も全自動にて建造されゆくSTAIを見つめ、デヴィルは不気味に微笑む。 別の製造カテゴリでは遺産とも言えるものが数多く建造されている。 ナインボール・ヴィクセン・ファンタズマ・セラフ・M−9・グレイクラウド。 ウインドやシェガーヴァが予測していた不測の事態、これが現実のものとなったのである。 デヴィル「遺産以外にもダークネスも追加しろ。出来る限り駒を多くするんだ。」 シェンヴェルン「了解した。」 一言語ると作業を再開するシェンヴェルン。 彼自身シェガーヴァの悪の塊とされているが、殆どデヴィルの言いなりに近い。 一旦はデヴィルのやり方に猛反発した時もあったが、デヴィル自身がシェンヴェルンを改造し 逆らえないように手を加えた。 その手を加えられる前に行ったせめてもの手段が、ウィン・レイス姉・デュウバ妹・バレヴの クローン転生だったのだ。 大量のダークネス部隊が完成し、遺産の軍団も徐々に数を増やしだしている。そして切り札 とも言えるSTAIの建造。 これらがユウト・シュイル・エリディムの3人のリーダーにとって、今まで生きて来た中で 最大の敵となるのは言うまでもない。 夜間雨天戦闘を終えたレイヴン達。恐怖に打ち勝ち、見事ヴァスタール部隊を撃破した。 遺産を投入した戦術も効果絶大であり、改めてイレギュラー要素の戦略の必要性を知る一同。 財閥のガレージにて各々は自分の機体を調整しだしていた。 今現在平西財閥地球本社には総勢48人のレイヴンが集結している。 メインメンバーの一同・敵側から寝返った面々・レイヴンとして目覚めた女性・そしてタブー であるクローンファイターの面々。 どの人物も今や歴戦のレイヴンであり、どのメンバーが欠けても今回の大戦には大きく響く。 それだけ1人1人が重要視されているのである。 ウィン妹「相変わらず雨あしは良くなりませんね。」 作業中の一同。そんな中レイシェムことウィン妹が表の様子を伺っている。リュウジも同様 に休憩し、煙草を吸いながら表を見つめていた。 リュウジ「こんな時に一服など、私には似合わないのにな。」 ウィン妹「そうでもありませんよ。あれだけ不眠不休で動いていたのです。偶にはいいものです。」 身体には疲れは感じないが、サイボーグだった時の活動の意識はそのまま受け継がれている。 ウインドの今までの辛い現実がそのまま受け継がれているのと同じであり、2人もまた精神が 休む事を失ったのだ。 クローンファイターズの面々の精神。それは不動のものであるが、逆を言い返せば鋼鉄の心 の如く休む事を知らない。彼らは精神の安息を失った者達でもあった。 リュウジ「そう言えば、お前はACは動かせるのか?」 ウィン妹「一応は・・・。レイス様とウィン様の意志を受け継いではいますが、ウィン様の意志を 受け継いだ起源は病死直前。レイス様の意志を受け継いだのは全盛期の漆黒の魔女たる時 です。レイシェムの時はお父様と同じサイボーグ体でしたので、ACと一体化する事は 可能でした。ですが・・・。」 リュウジ「そうだよな・・・。私もお前もレイヴンとして活動し始めたのはサイボーグになった後。 生身の身体の時はACはおろかMTすら動かした事がない。特に私の場合、研究に一生を 捧げるつもりでいたからな。」 ウィン妹「お恥ずかしいながら、私もレイヴンとしての活動はしていませんしね・・・。」 そうである。リュウジとウィン妹が率先して動けない理由はこれにあった。 ウィン妹はレイス姉とウィンの意志を受け継ぐ者。しかしその受け継いだ時間は異なる。 特にウィンの意志はレイヴン以前のもの。いくら漆黒の魔女の意志を受け継いでいるとはいう ものの、クローン生命体として転生ではなく製造された彼女はレイヴンではなかった。 リュウジなど尚更である。生前はレイヴンズ・ネストのマスターコアと己のサイボーグ筐体 を作成していたが、ただの一研究者である。ACやMTの現形を作成した彼ではあるが、実の 所ACはおろかMTすら操作をした事がないのだ。 両者ともサイボーグ筐体時は戦闘マシンに近かったため、ACと一体化が図れた。俗に言う ファンタズマと強化人間の同化である。 むしろメンテナンスを永延行っていた2人にとって、パイロットと言うよりはメカニックに 近いだろう。 リュウジ「何か情けないよな。サイボーグであった時に築いたスキルなどはあったとしても、生身に 戻れば何も持っていない。ユキヤやレイス達が羨ましい。」 クローンファイターではあるが、生身の肉体にて修行を積んでいる彼らを羨ましく思った。 所詮サイボーグなどスーパーコンピューターの結晶と言っていい。既に持っているものを 機械として最大限に活用しているだけだ。また機械の筐体であれば破損箇所を補えば劣化は 殆ど皆無であり、半永久的に活動できる。 しかしそれだけだ。元々からあるものを利用しているため、成長はあったとしても人間本来 が持つ歓喜などといった真の感情は感じ得る事が不可能である。 生身の肉体は全く異なる。生命活動には限界があり、約100年という寿命が存在する。 クローン筐体の場合はスキルなどをそのまま受け継ぎは可能であるが、ゼロからの誕生とも なれば全ての記憶やスキルは失われる。 だがゼロから学ぶという事が可能であり、それは歓喜といった感情を体感できる。これは サイボーグには感じられないものである。言わば生命体だけの特権であろう。 リュウジとウィン妹は人間に戻るという事を経て、経験がどれだけ大切かという事をこの時 改めて思い知らされたのである。 リュウジ「今からでもレイヴンになるには遅くはない。だがこの生命体の一生が終わった時、再び 鋼鉄の筐体に戻るのは決めている事。スキルがそのまま受け継がれるかどうか、私には 予測不可能だ。」 ウィン妹「しかしそれでもいいと思いますよ。何もやらずに死まで待つ。それこそ生命体としての 歓喜を捨て、絶望を待つという最悪のもの。一瞬でもいい、光り輝く事ができるなら。 私は一瞬でも光り輝く事を行います。」 流石は自分の娘、そしてレイス姉の意志を受け継ぐ人物だと痛感する。 リュウジは無意識に受け継がれないかも知れないものは無駄な行動だと思っていた。それは 永年鋼鉄の筐体を纏い生き続けてきた事により、傲慢さが芽ばえたのであろう。 その点ウィン妹は違った。鋼鉄の筐体の経験が浅く人間の経験が多いため、少しでも努力 する姿勢が失われずにいた。 真人間には敵わない、リュウジは心中で脱帽した。と同時に一瞬でも絶望した己の傲慢さを 心から恥じた。 ライア「え・・え〜と・・・何と言えばいいのかな・・・。」 リュウジ「お前がレイヴンになった時に聞いたアナウンスを思い浮かべればいい。」 ライア「分かりました。では・・・。」 財閥の外にて複数のMTが潜む模擬戦闘を行っていた。それはレイヴンが誰もが通過した、 試験戦闘である。 初期型機体に搭乗し、リュウジとウィン妹は戦闘開始まで待つ。表は相変わらず雨あしが 強く、しかも深夜に近いので暗闇が辺りを覆う。 そう、リュウジとウィン妹はレイヴンになる事を決意したのだ。 ライア「・・・話は聞いているな。今回は君らのテストも兼ねている。この闘いを勝ち抜けば君らは アリーナ・・・じゃなかった、レイヴンとして登録される。失敗をすれば、その時は死ぬ だけだ。我々は一切手を貸さない、そのつもりで・・・。」 ライアがレイヴン試験を受けた時にアナウンスを思い付く限り語った。どのレイヴンも当時 の時を思い浮かべ、過去を振り返った。 ライア「では見せて貰おう、君らの実力を。」 かくしてナーヴズ・コンコード主催ではない、平西財閥独自のレイヴン試験が開始した。 敵側となるMTはタービュレンス5機・トライアンフ2機・ボスとなるバソールト1機だ。 どれも本当の新米レイヴンに対してはかなりのレベルであり、倒すのが厳しいとされる。 しかしリュウジもウィン妹も、鋼鉄の筐体があれば一騎当千のレイヴンである。2人が望んで 難易度の高い試験にしてくれと、ライアとナイラに頼み込んだのだ。 46人のレイヴン達は歴戦のレイヴンではあるが、本当のレイヴン試験を受ける2人の闘い を見守った。 リュウジもウィン妹も初期機体に搭乗している。 どのパーツも貧弱であり、内部パーツに至っては可動範囲内の厳しいものだ。特に武装は右腕 のライフル・右肩の2連装ミサイルランチャー、そして左腕のレーザーブレード。どれも最低 レベルの武装である。 しかしこれこそレイヴン試験に用いられる機体であり、原点とも言えるものであった。 この機体をいかに操るか、2人の力量に掛かっていた。 リュウジとウィン妹はペアで動き出した。その方が効率がいい。 普通レイヴンは徒党を組まない。一匹狼が殆どだ。それは今のアリーナなどを見れば明らか。 しかし徒党を組むといった基礎を作り出したのは、他ならぬリュウジである。特にユキヤを 弟子として成長させる時の意気込みは、殆どこれに近いものだ。 ウィン妹も仮にもリュウジの娘である。その彼女が徒党を組まずにスタンドプレイを行う 筈がない。それは火を見るより明らかだ。 目の前のタービュレンスに攻撃を加えるリュウジ。右腕のライフルを連射しつつ、こまめに ブースタージャンプを繰り返す。 その間を縫ってウィン妹がミサイルで追撃をする。右肩のミサイルランチャーから間隔を 空けて2発のミサイルが放たれ、撃たれて弱まっているタービュレンスに止めを刺した。 連携を行うと判断したライアとナイラは、MTたちのロジックを連携重視型に変更する。 それはスタンドプレイを行いやすいレイヴンにとって、脅威になるのは言うまでもない。 2体1組で攻めて来だしたタービュレンスに対して、リュウジとウィン妹もペアでの連携 攻撃を開始する。 ライフルでの狙撃をメインに、ミサイルの牽制を行う。接近しレーザーブレードでの斬撃で 止めを刺していった。 やはり経験がゼロだとしても、精神はウインドクラスの実力を持つレイヴンだ。徐々に動き に慣れていった2人は、どんどん効率が上がりだす。 あっという間にタービュレンスを全て撃破し、動きが遅いトライアンフを旋回行動による狙撃 で撃破した。 残りがバソールト1機となった頃、ライアは更に相手の実力アップのため別のMTを投入。 それはM−9の簡易版に近い、D−2という機動力重視のMTだ。今まで対峙したMTたちの どれよりも高性能である。 突然の増援にウィン妹は驚いた様子だった。内部通信を通して小さく悲鳴をあげる。しかし リュウジは逆に笑いだし、ライアらしいと彼女を誉めた。 バソールトの繰り出すパンチングアタックを紙一重で回避し、逆にカウンターによる斬撃を 見舞うリュウジ。相手の力を利用したものだったため、一撃の元に破壊した。 ウィン妹は機動力で翻弄してくるD−2に苦戦するものの、後から駈け付けたリュウジと 共に迎撃を開始する。 いくら機動力が高いMTであっても、内部に人間が搭乗していなければ話は異なった。 何度も述べているが、人工知能の欠点は複数の目標に対する対処の甘さが出るという点だ。 これは過去の例を挙げれば、ナインボールなどの単独制圧型の機体が著書に現れている。複数 の相手がいる場合は目標が分散し、単独の時より効率が半減又は激減する。 この戦術はナインボール及び人工知能などの基礎を作ったリュウジが一番理解しているで あろう。 僅か数分後に2人は同時とも言えるほど、レーザーブレードの斬撃でD−2を破壊した。 かつてユウトとライアがデアを屠った時に繰り出した、ダブルレーザーブレードアタックと 同じである。 リュウジとウィン妹のレイヴン試験は終了した。 2人は殆ど機体ダメージを受けておらず、効率よく相手を撃破した。これはゼロからの開始と 思っていた2人にとって、精神が今までの経験を忘れていないという現われであった。 リュウジの経験が無駄ではないという発言は、彼の行動によって確定したのである。 ライア「認めよう、君達の力を。今この瞬間から君達はレイヴンだ。」 ガレージに戻ってきたリュウジとウィン妹。初期機体から降りて来て、ライアの前に歩み 寄る。そんな2人にお決まりのセリフを口にする。言葉を聞いた2人は嬉しそうであった。 ライア「と・・でしゃばり過ぎましたね。」 リュウジ「いや、本来は正式にレイヴン試験を行うのが常識。コンコードからも目を付けられている 我々には、これが仕方がない所だろう。」 戦闘前にパイロットスーツに着替えている2人。殆ど科学者という色が濃い両者にとって、 この姿は新鮮なものだ。 ウィン妹「これで正式にレイヴンとしてなった訳ですね。」 リュウジ「まあ、実際は仮免に近いがね。だがそうも言ってられないだろう。」 別の意味合いを込めて、リュウジはそう語った。それに一早く気付いたウインド。彼の表情が 少し曇る。その小さな行動に気付いたリュウジも、彼に小さく詫びていた。 リュウジ「さて、オリジナルの機体を組むとするか。ゴースト・キャットはサイボーグ筐体専用の 機体だしな。私が操作可能のものを見つけないと。」 キュービヌ「しかし旦那。遺産を作成した時にさ、予備のACパーツは全て使っちゃったよ。それに ヴァスタール部隊の機体構成にも、仲間内のパーツ全てを流用しちゃったし。」 今平西財閥地球本社にはACパーツの備品が全くなかった。それは火星本社もそうであり、 全て遺産製造とヴァスタール部隊に注ぎ込んでしまった。 どのACも破損した場合、修復が困難になっていたのである。 リュウジ「ふむむ、それはまずいな。」 ウィン妹「ACパーツは別途、別企業に購入を促がせば仕入れは問題ないでしょう。いくら指名手配 の相手であれ、購入者に変わりはありませんから。」 ナイラ「では予備のパーツを手配しますね。」 ナイラは経理部門総括に連絡を入れ、直ぐ様ACパーツ購入を促がした。それにどのぐらいの パーツが必要かと、彼女は全員に聞き回っていった。 ライディル「旦那。決戦が迫っている今、機体構成を選んでいる暇はないのでは?」 リュウジ「そうだな。間に合わせの機体に乗るしかないか。」 ウインド「2人の力量を見ると、まだ真の力を出していないよな。なら動かす物は高性能がいい。」 彼が徐に指差す。その先には整備が終了した待機中のヴィクセンがある。それを使えと彼は 促がしたのである。 ウィン妹「・・・遺産を動かすのですか。」 ウインド「背に腹は替えられないだろう。それにサイボーグの2人が起動停止中を考えると、今の お前達には十分かと思う。」 リュウジ「フフッ、皮肉だがそれが正論だな。了解した、ヴィクセンを動かすとしよう。」 前にも述べた通り、いくら精神が猛者だとしても肉体がそれに順応していない。思ってはいる ものの、実際に動くのは身体の方だ。 残念な事に2人の猛者は生身になる事で、鋼鉄の筐体時より弱体化してしまったのである。 だが悔しがる素振りを見せないリュウジとウィン妹。人間として活動している今この瞬間を 楽しんでいるのだ。 これもまた経験だと、2人は厳しい現実を受け入れる事にした。 第5話へ続く |
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