第3部 9人の勇士 36人の猛将 〜第5話 人間と機械と1〜 次の日。早朝からアリーナドームにて試験運転を行うリュウジとウィン妹。 己のレベルがまだ完全ではない両者。戦闘力の均一を測るため、ウインドの勧めにより両者 とも遺産のヴィクセンに搭乗する事になった。 ライアが初めて操作した時、一般機体以上の性能を発揮したヴィクセン。そして遺産として イレギュラーに対してのみ用いると定めていた。 皮肉にも2人の新米だが古参レイヴンにとって、戦闘力の調整に用いられる事になる。 リュウジ「ほほぅ、これほどの性能とは・・・。」 遺産のヴィクセンはやはり反応速度などが並の機体より高い。レイヴンとして歩みだした 人間のリュウジとウィン妹にとっては、充分過ぎる程の戦闘力を有していた。 ウィン妹「多少反応が遅くても、機体の方がそれを補ってくれますね。」 リュウジ「まあ実の所は遺産の相手は若手に任せ、私達はダークネスを狙えば十分だ。今は無理に 腕を鍛える必要はない。」 ウィン妹「ですね。」 殆ど専用機体とした2人はヴィクセンを個別のカラーリングに塗り替えた。 ウィン妹の機体はレイシェム時の彼女が搭乗していたウインド・ガーディアンと同じ配色。 水色をベースに紺色・赤色など、カラーリングの箇所を現存の機体と何ら変わらないもので 塗り替えられている。 リュウジの機体もシェガーヴァ時の彼が搭乗しているゴースト・キャットと同じ配色だ。 黒色をベースに橙色と赤色を用いて、現存機体と全く同じに塗り替えた。 武装はヴィクセン固定のもの。右腕武器はグレネードレーザーライフル、左腕武器は盾型の 2連装レーザーブレード。 本来はバックウェポンにミサイルランチャーとロケットランチャーを搭載し、両肩の箇所に エクステンションを装備し武装や移動などの効率化を図った方が無難である。 しかしヴィクセンの脚部積載量からして、それ以上の武装を搭載するのは理論上不可能で ある。重量過多でも移動は可能であるが、本来のスピードは出ず下手をしたら脚部が破損する 可能性もあった。 ナインボール=セラフもその特異とされる両肩の大型ブースターや内蔵パーツなどの総重量 を考えると、脚部は重装甲パーツしか選択の余地がない。間に合わせで製造したセラフの全て は総重量ギリギリの範囲で納めるようにしたため、地上を移動する際は物凄く遅い。 しかしその改善策として、歩行補助小型ブースターを搭載した。歩行を行い移動する代わり に、移動は常にブースターダッシュという運用に変更したのだ。 そのためジェネレーターに過度の負荷が掛かるのは当たり前であり、高性能のパーツを搭載し 解決するしか道がなかった。 これはシェガーヴァがレイヴンズ・ネストのマスターコアを作成し、その後自律したネスト が独自で開発したオリジナルのセラフも同様の欠点を抱えていた。 アマギがセラフと対決した時もこの欠点を鋭く突き、勝利を手にした経歴もある。 カスタムACの中で最強と謳われているナインボール=セラフ。だが実はこういった弱点を 抱えている玄人の機体であった。 ウィン姉「お疲れ様です。」 リュウジ「ありがとう。」 機体のウォーミングアップを終えたリュウジとウィン妹。ガレージに臨時の愛機を戻し、 内部から降りてきた。その姿を見たウィン姉は2人に手拭きを手渡す。 サイボーグ時は汗などかかないものだった。しかし今の2人は生身の身体。人間と同じ行動 が表に出るのである。 2人は無意識に汗をかいていた。それに驚いたのは言うまでもない。 ウィン妹「これが・・・発汗というものですか。」 リュウジ「そうだ。私も生前、夏場によく汗をかきながら研究を行っていた。懐かしいものだ。」 己の汗を触り、ウィン妹はこれが人間の行動なのだと実感する。リュウジも同じく汗に触れ、 その感触を何世紀振りに味わっていた。 ウィン妹「なるほど・・・。人間は汗をかき体温を冷やすのですね。」 リュウジ「サイボーグ筐体に液体窒素を流し、冷却効率をあげただろ。あれを人間に例えるなら、 発汗作用と同じだ。」 ウィン妹「人間とは便利なものですね。」 その意見にリュウジは声高らかに笑う。その笑いにウィン妹も同じく笑う。この笑いも人間や 生命体独特のものである。鋼鉄の筐体では味わえないものだ。 ウィン姉「なんか2人が羨ましい。今の時を思いっきり楽しんでる。生きるという一瞬に歓喜がある のはいい事ね。」 ウィン妹「でもお姉様も生きている実感があった時がありますよ。病気とは苦痛ですが、その苦痛 こそ生きている何よりの証。長年病床に伏せていたお姉様は人一倍生きていらっしゃった じゃないですか。」 ウィン姉が死ぬ寸前の意志を受け継いだウィン妹ことレイシェム。それ故に今もオリジナルの 彼女が思っていた事などは鮮明に記憶に残っている。 ウィン姉はその苦い過去を無意識に否定していた。何故自分だけ苦悩しなければいけないの かと。その苦悩に一早く気付いたのは分身でもあるウィン妹だった。 ウィン姉「・・・やはり苦い記憶は否定してしまうね。あの瞬間こそ一番輝いているといっても、 おかしくないのに。」 リュウジ「まああの時のお前の輝きは、ユキヤをおいて他にないだろう。彼の存在があったから、 苦難の病床を乗り越えられたのだから。」 リュウジの言葉に小さく頷く。やはりこの2人は親子である。 ウィン妹「恋愛感情は何ものにも勝る。それはお父様が仰っていましたね。」 ウィン姉「貴女にはないの?」 ウィン妹「私が望んで受け継ぎをしないようにとお願いしたのです。レイス様やお姉様のユキヤ様に 対する思いが強いのは充分承知です。しかし私の役目はお父様と同じです。皆様を陰から 見守り行動を支える。優しさや敬いや愛は絶対必要ですが、恋愛感情のみは省いてもらい ました。」 リュウジ「私も同じだな。サイボーグに移植する際、優しさ・敬い・愛は必須として移行させた。 しかし恋愛感情のみは省いた。人間にとって必須であるが、私達には必須ではない。」 確かにリュウジもウィン妹も、シェガーヴァやレイシェムの時は全く恋愛感情が感じられる 言動はなかった。それは人間として転生した彼らにも当てはまっている。 リュウジ「フフッ。研究をする前は根っからの異性好きだった。明るく気さくな女性はいつ見ても 心が和む。」 ウィン妹「恋愛感情があったら大変な事になりますよ。お姉様やレイス様の恋愛感情を同時に持って いるのですよ。ユキヤ様に対しての熱意が恐らくお姉様以上に高まり、何を仕出かすか 予測不可能です。」 リュウジ「決め付けはよくないが、私も彼女も一度機械になった身。意志はあっても恋愛感情だけは ない方がいい。」 これも2人の宿命なのだとウィン姉は思った。 2人の罪の具現化はウインドと同じような罪に襲われる悪夢ではない。人間が必ず抱く筈の 恋愛感情が抱けないようになっていたのだ。 鋼鉄の筐体である時はそれはあり得ない。機械自体が恋愛感情を抱くのは事実上不可能だ。 意志を持つ事も未知数の領域であり、これも定かではない。 シェガーヴァとレイシェムが機械として思考を持つのは、元人間であるからである。また意志 が受け継がれているからでもある。 普通の機械には意志などまず宿らない。自ら行動する事ができないからだ。人間が操作を 行い初めて稼動し真価を発揮する。人間無くして機械の存在などあり得ないのだ。 人工知能の場合は別ではある。長年蓄積されたデータなどが不特定で意志へと変わるという 例があったりはする。しかしそれは非常に希であり、殆ど皆無に等しい。 魂が宿らない人工知能や機械には、恋愛感情やその他の感情を抱くのは理論上不可能だった。 真剣に討論をしていた3人。側に他の人物がいる事すら忘れていたようだ。 側にはウインドとメルアが佇んでいた。2人とも腕組をし、静かに3人の討論を聞いている。 ウィン姉「う・・何時からいたの?」 ウインド「お前が病気の記憶が苦痛だと言い出した頃からだ。」 メルア「まあ病気の記憶は苦痛以外の何ものでもないですよ。ウィン様はある意味正しいです。」 ウインド「そうだな。人間・・・いや生命体は健康が一番。機械もウイルスに掛かっていない時が 一番レスポンスがいいしな。」 だが2人は3人を擁護する発言をした。その苦痛などは自分達でも十分理解できるからだ。 ウインド「実の所、優しさ・敬い・愛があれば恋愛感情はなくてもいい。善心があれば全く問題は ない。心のより所で恋愛感情は必須だが、これがなくとも愛があれば乗り越えられる。」 メルア「・・・何か矛盾してませんか?」 ウインド「ウブだからな、仕方がない。」 自分でも呆れ顔で話すウインド。それを見たメルアも呆れ顔だが、彼らしいと小さく笑う。 ウインド「しかし・・・本当に瓜二つだな・・・。」 その後ウィン姉妹を見つめ、ウインドは小さく驚く。 転生した年代が異なるレイス姉妹やデュウバ姉妹。その後転生を迎えたりしているが、個別 に生きているため身体に独特の形が現れている。 だがウィン姉妹は転生してから間が浅く、殆ど独特といえる部分が感じられない。全くもって 双子に近いだろう。 メルア「お2人が入れ替わったらウインド様は分からないでしょう。」 ウインド「姉の方が大ざっぱで妹の方がお淑やか。しかし語らないと外見は同じ。どちらがどちらか 分からなくなるよ。」 苦笑いを浮かべ、頬を赤くするウインド。真年齢は200歳以上ではあるが、まだ青年の心を 持っている。故に青春真っ只中でもあった。 リュウジ「フフッ。本当にウィンが好きなのだな。お前を見込んだだけはあるよ。」 今度はリュウジが嬉しい表情をする。娘をここまで理解し思ってくれている。親として何より 嬉しい事であろう。 リュウジ「さて、食事を取るか。今までは電気や核融合が食事だったからな。久方振りに口から摂取 し血肉にしたいものだ。」 ニヤリと微笑み大食堂へと向かっていくリュウジ。人間として機械で生きていた時の苦悩を 跳ね除けるかの如く、今の人間ライフを満喫していた。 彼の意外な一面を見て、4人は小さく笑いながらその後を追っていった。 第5話 2へ続く |
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