第3部 9人の勇士 36人の猛将 〜第6話 決戦を控えて3〜 決戦前夜。活動をしていた一同、早い時間での就寝に入った。 本来なら一夜漬けでメンテナンスを行うウインドだったが、6人の勧めでウィン妹が彼に行動 した事でガレージには姿を見せていない。 その代わりにリュウジがガレージ内部にある全ての機体を遠隔操作でメンテナンスを行い、 動けない息子の代わりに代役を勤めた。 ウィン姉「お疲れ様です。」 インスタントコーヒーを手にガレージへと訪れるウィン姉。他の5人はベロベロになるまで 酒を飲んでしまい、他の面々よりも早く就寝に付いていた。 唯一飲酒を控えめにしていたウィン姉だけが、こうして動けるに至っている。 ウィン姉からコーヒーを受け取り徐に飲むリュウジ。人間の味覚で味わえる束の間の安らぎ であった。 リュウジ「う〜む、コーヒーとはこうもうまいものだったのか。」 ウィン姉「ユキヤもそうして同じく味わってましたよ。」 リュウジ「あいつにも頭が下がる。無理難題に近い行動を愚痴は言うが拒む事なく行ってくれる。 それが私の娘なら尚更の事だ。」 コーヒー片手にコンピューターを操作するリュウジ。その手際の良さはサイボーグの時と何ら 変わらず、むしろ研究者の色が濃い彼は効率が上がってるといえる。 ウィン姉「何か・・・虚しいですよね。明日お父様が死ぬというのに、悲しい感情が全く起きない。 本来ならユキヤやマイア様みたいに何かしらの行動をするだろうに。」 リュウジ「仕方がないさ。私とお前、既に過去で出会っている。それに本当の娘であるお前が、そう やって健在でいてくれる事に感謝している。まああいつは根っからの生真面目すぎる程の 熱血漢で負けず嫌い、それに凡人以上に優しすぎる。酷い言い方だが、お前とは多少差が ありすぎるからな。」 ウィン姉「フフッ、確かに酷い言われ様。」 トゲがある会話が目立つが、どれも親子ゆえの会話であろう。人間として一時を過ごしている リュウジと触れ合う事で、ウィン姉は生前の過ごせなかった親子の時間を満喫している。 ウィン姉「さよならはいいません。どのみち私もクローンファイターとして転生した身、お父様と 一緒に死ねない魂になった訳ですし。むしろ・・・頑張ってこい、というのが実情です。 まあお父様の事ですから、失敗は皆無ですが。」 リュウジ「フッ・・・メアリスと同じ事をいうのだな。」 ウィン姉「お母様・・・ですか。」 リュウジは過去に出社の時、何度となく妻メアリスに頑張ってと声を掛けられたものだ。 それを実の娘から告げられ、やはり妻の娘なのだなと痛感した。 リュウジ「こんな私でも慕ってくれた。本当に感謝している。」 ウィン姉「だって、私の母ですもの。慕うのは当たり前かと。」 リュウジ「フッ、言ってくれる。」 鼻高々に語るウィン姉に、リュウジは苦笑いする。僅かながらでも過ごした母親の思い出を、 今でも大切にしている事が窺えよう。 メアリスありてウィンあり、リュウジは亡き妻に深い感謝の意を表した。 リュウジ「・・・決戦時だが、私は火星に行く。レイシェムには地球のSTAIを任せる。その間の 不測の事態などが起きたら、ユキヤやお前に任せるぞ。」 ウィン姉「任せて。この命を投げ打ってでも、皆さんは私が守り通します。」 リュウジは右手を彼女に差しだし、ウィン姉も同じく右手をそれに重ね堅い握手を交わす。 この握手でお互いの意思疎通が簡単に出来たと、両者とも無意識に感じていた。 その後メンテナンスを行いながら、自分達が別行動中の間のサポート役を始動させる。 人間として行動中に活動を停止していたシェガーヴァとレイシェムの筐体を再起動。これに より、今有り得ない現実が再び起こった。 リュウジ「・・・何か変な気分だな。」 シェガーヴァ「・・・そうだな。」 片方はサイボーグではあるが、リュウジが2人いるようなものである。またレイシェムも 今行動中のウィン妹を挙げると、同じ時間軸に全く同じ人間が存在している事になる。 まあ存在というよりは、片方はオリジナルでもう片方はコピーではあるが。 レイシェム「私が・・・ですか・・・。」 ウィン姉「ええ。人間として目覚めた瞬間でもあるわ。」 片割れである人間の自分が行動をしている事に、自分自身が驚いている。全くもって矛盾して いるようだが、実際にそれが現実なのである。 リュウジ「我々が旅立つ時に今までの経験を記録したコードを渡す。それを自分達に記憶したら行動 を開始してくれ。」 シェガーヴァ「了解した。」 クローンファイター達が今までの経験や記憶などをそのまま受け継げる最大の理由がある。 それはこの今活動しているものの経験と記憶を電子コードに変換。それを別の再始動させる 筐体に移植するのだ。これにより新規に活動を再開した筐体に今までの経験と記憶が移る。 これが生前のリュウジがユキヤを殺害した後に、その過ちを少しでも正す為に考案した転生術 なのである。 生態系の生死を操作するというタブーとされる行い。クローンファイターの面々はこの行動 に罪悪感を感じている。それは当然であろう。 しかし同時にこれも確実だと理解できる。それはクローンファイターズはクローン生命体で あっても、今存在する人間生命体と何ら変わらないという事である。 これが当たり前だと思った瞬間、一番恐れるものが発生する。それは完全なる愚者の誕生で ある。罪悪感すら感じずに破壊を繰り返す。それこそ破壊神の到来であろう。 転生をタブーと知りながらも行うリュウジ自身、これも大破壊以上の重い罪を背負うもので あろう。だがそのタブーでも罪滅ぼしの一環に繋がるのならと彼は迷わず行う。 毒には毒を盛って制する。正しくこの言葉が当てはまるだろう。 ウィン姉「ところで、STAIには何で乗り込むのです?」 リュウジ「ヴィクセンで行きたい所だが、何分あれの大きさはラプチャークラスある。輸送機で送る としても、恐らく向こう側にも護衛に遺産を投入するだろう。迎撃を踏まえるとセラフの 方が無難かもしれない。専用のヴィクセンを作って何だが、セラフを用いるよ。」 シェガーヴァ「だがセラフでは内部到達後、中央炉心部に向かうのに30分以上掛かる。その場合は どうするのだ?」 リュウジ「だよなぁ・・・。セラフにあれ以上加重させるには危険すぎる。考えたプランではあれに ヴィクセンを牽引して向かわせようと思ったのだが・・・。どうやら不可能に近い。」 殆ど同じ声で討論をするリュウジとシェガーヴァ。これにウィン姉とレイシェムは呆気に 取られつつも、他のプランを考えていた。 ウィン姉「牽引ともなるとさ、牽引する側にもそれなりの腕を持つパイロットを搭乗させないと危険 だよね。」 リュウジ「そうだな・・・。」 シェガーヴァ「なら私とレイシェムが行おう。自律攻撃型オービットキャノンの応用で、他にセラフ を各3機体同行させる。ヴァスタール部隊には少し荷が重すぎるだろう。」 レイシェム「では短時間でプログラムを組みますね。」 言うなり別のコンピューターでプログラミングを開始するレイシェム。シェガーヴァが述べた 自律攻撃型オービットキャノンを応用したプランは既に考案済みであり、後はプログラムを 組み実現させるだけである。 ウィン姉「でもさ・・・1人で4機のセラフを同時操作できる?」 シェガーヴァ「コアにはヴァスタールのベースを用いる。独自で判断しこちらを支援するように。 しかしメインの操作は私とレイシェムが行う。これは私やレイシェムでしかできない ものだ。」 1人の人間に複数の行動は不可能である。仮に出来たとしても注意力が分散し、望んでいる 行動は確実に遂行できない。 しかしシェガーヴァとレイシェムは人工知能を搭載したサイボーグだ。その人工知能のコア たる頭脳は過去に存在したレイヴンズ・ネストのベースと同じ。 正六角形の筐体に7つの高性能人工知能を搭載。人間が同時に7つの行動が可能だといって いいだろう。それが今のシェガーヴァやレイシェムの頭脳として、脳の部分で働いている。 7つのうちの1つがマスターとなる人格や操作を司る箇所で、それ以外の6つの箇所はコア となる箇所の補佐的役割を行う。ここが人間と異なるものであった。 つまりシェガーヴァとレイシェムがいれば、14人分の行動が可能なのである。 リュウジ「何ともまあ・・・ネストのベースコアにこういった使い道があったんだな・・・。」 シェガーヴァ「おいおい、しっかりしてくれよ。これを開発したのはお前曰く私だ。」 リュウジ「それはそうだが。いやなに・・・こうやって第三者からの視点で伺うと、改めて物凄い 代物を作ったんだなと思ってな。」 シェガーヴァ「ハハハッ、それは違いない。」 リュウジは痛感した。己の努力の結晶がこのように活用されている事に。それは人間として 転生し、外部から窺い知ったからである。シェガーヴァみたいに己自身の視点では窺い知る事 は不可能であろう。 そして己自身に感謝するリュウジ。それはもしメアリスやウィンが死んだ時にこのコア作成 を止めていたら、恐らく今現在は全く存在しなかったであろう。 大破壊は起こっていたかも知れないが、その後の復興には今まで以上に月日が必要であると も確信が掴めた。 家族を犠牲にしてまで没頭したマスターコアの作成。その事にリュウジは深い罪悪感を今の 今まで抱いていた。しかし今こうやって少なからず役立っている事に、その罪悪感が薄らいで いったのであった。 リュウジは再び思った。メアリスやウィンに言い表せない感謝がある、と。 レイシェム「お父様、完成しました。後は私やお父様にインプットすればヴァスタールと連携し、 遠隔同時操作が可能になります。」 ウィン姉「うわ・・・早いなぁ・・・。」 レイシェム「既に考案していたものですから。」 姉に褒められ恐縮気味に照れるレイシェム。その行動は何ら人間と変わらない。 レイシェム「しかし限界があります。マスターコアのベースロジックは7つ。マスターに1つ、不測 の事態に1つとして残り5つ。遠隔操作できる機体は5機までとなります。」 シェガーヴァ「3機までなら大丈夫だと思っていたが、5機までなら可能か。なら限界の5機まで 用いるとしよう。」 シェガーヴァとレイシェムはコンピューターに繋がれているコードを自分達の筐体に接続。 完成したプログラムをそれぞれの筐体にアップロードを開始する。 一部始終を見つめるリュウジは、今まで見せた事がないような感心した表情で見つめていた。 リュウジ「便利だなぁ・・・。」 シェガーヴァ「おいおい。これもお前曰く私が考案したものだぞ。」 レイシェム「ですね。」 リュウジの言動にシェガーヴァとレイシェムは小さく笑う。 自分達を作成した者がこのような言動をしている。それ自体有り得ないものを見ているので あろう。 リュウジ「・・・しかし、お前達が思っている事は分かる。間違ってもこうなるなよ、だな。」 シェガーヴァ「その通り、だな。」 リュウジ「でもお前自身が私自身だし、何か複雑だな・・・。」 シェガーヴァ「だな。」 同じ者が同じ事を言い合っている。それにウィン姉は可笑しくて仕方がない。先程の会話以前 から笑い続けていた。 それを見た3人は呆れつつも、自分達の行動にも呆れつつ同じく笑いだす。それは当然の事で あろう。 シェガーヴァ「よし、これでアップロードは終わった。時間が時間なだけにテストは無理だが、明日 直接行うとしよう。」 リュウジ「お〜し、後はメンテナンスを行うだけ。」 仕切り直してリュウジがメンテナンスを再開する。とはいうものの既に遠隔操作で行われて いるので、専ら最終確認を目視でチェックするだけではあるが。 シェガーヴァ「ああ、後は私とレイシェムが行うよ。お前とウィンは明日に備えて眠るんだ。」 リュウジ「むぅ、実際に動きたいが・・・そうだな。了解した、後は任せるよ。」 レイシェム「ゆっくりお休み下さい。」 後の事をシェガーヴァとレイシェムに託すと、リュウジとウィン姉は自室へと戻っていった。 シェガーヴァ「・・・若いな。」 レイシェム「何を仰りますか。我々だってそれ相応の若さを保ってはいるつもりです。」 シェガーヴァの独り言にレイシェムはそれなりの解釈をする。しかし彼が話したには別の 意味があるようだ。 シェガーヴァ「まあそれもあるがな。私が言ったのは、自分なのに人間の方が若々しく感じるという 意味だよ。」 レイシェム「確かに・・・。」 生身の肉体であるから若々しく感じるのか、自分達が鋼鉄の筐体でいるからそう感じるのか。 2人はそれぞれに思いを巡らせる。 お互いに作業をしていく中、答えはほぼ同時に導き出された。 シェガーヴァ・レイシェム「生き甲斐か。」 全く同時に呟いた事に、お互い驚き苦笑する。しかしその答えに間違えはなかった。 レイシェム「人は生き甲斐があると若く見えるのですね。」 シェガーヴァ「それが自分達を捨て身で守ろうとしているのだから尚更だろう。」 両者とも沈黙する。己の命を捨ててまで守ろうとするリュウジやウィン妹を思って。 自分達鋼鉄の筐体を纏ってなら大した痛みはない。死亡する時の精神的苦痛はあるものの、 それは痛みを知らないサイボーグ筐体には全く重苦しくない。 しかしリュウジとウィン妹は生身の人間。痛みを知り苦悩をも体感する。いくら精神体が 据わっていても、心中では死への恐怖感が徐々に出始める頃であろう。 自分達が変われればどれだけ2人を助けられるか。シェガーヴァとレイシェムはこの時他者 への労りが痛いほど理解できた。それはユキヤ達が死を向かえる時以上に。 全く異なる生命体として同じ時間軸上に存在する自分達。しかしその精神体は間違いなく 明日旅立つ2人と繋がっている事に確信が掴めた。 シェガーヴァ「・・・何が何でも皆を助けねばな。」 レイシェム「身命を通し・・・ですね。」 シェガーヴァ「そうだな・・・。」 今の2人はサイボーグではない。凡人からでは見間違うかもしれないほど、人間へと進化した サイボーグであった。 人がいなくなったガレージで、疲れを知らないサイボーグのシェガーヴァとレイシェムが 永延と作業を続けていく。 明日決戦を戦い抜く若獅子達の為に、2人は身命を通して動こうと決意していた。 第7話へ続く |
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