アルティメットエキサイティングファイターズ・外伝 〜覆面の風来坊〜
    〜第1部・第11話 原点回帰2〜
    俺達が来たのは孤児院。幼少の頃、ここで俺は育った。その後自立できるようになると、
   特例的に働く事を許可された。

    それから一心不乱に生きる技術と経験を取得し、風来坊の旅路へと進んだのだ。とにかく
   我武者羅に突き進んだのである。


    あれから12年が経過している。当時の院長はいるのだろうか・・・。



    現地に到着し、孤児院の前に立つ。実に久し振りの訪問だ。全てが止まっているようにも
   見え、そして懐かしくも思える。

ミスターT「すみません。」
受付嬢「はい、何でしょうか?」
    孤児院の中に入り、受付嬢に問い掛ける。その際首に下げているプレートを見せた。ここの
   孤児院出身の人物には、相手を把握するためにこういった標識が手渡されている。
ミスターT「以前ここでお世話になってた者ですが、ヴァルシェヴラーム氏はいますか?」
受付嬢「少々お待ち下さい。」
   俺の母親的存在だったヴァルシェヴラームという女性。彼女なら全てを知っているだろう。
   受付嬢が内線で連絡を取る。突然のアポなし訪問だ、応じてくれるかどうか・・・。

受付嬢「どうぞこちらへ。」
    連絡を終えると自分達を案内するという。どうやら会う事はできそうだ。こういった直談判
   でも応じてくれるのは非常に助かるわ・・・。


受付嬢「こちらの院長室にいます。」
ミスターT「ありがとうございます。」
    受付嬢に案内され院長室へと入る。学校の校長室と同じだが、幾分か雰囲気が暗い。ここの
   存在からくるものか。改めて見ると、物凄く心が重い。



ヴァルシェヴラーム「お久し振りと言いましょうか。以前こちらに入居していたお子さんですか?」
    俺は顔の覆面を取り外した。それを見たエシェラは物凄く驚いている。今だ見せた事がない
   俺の素顔を、驚愕した表情で見つめていた。いや、懐かしいと言うべきか。つまり俺の事を
   知っているという事だろう。
   またヴァルシェヴラームには素顔を見せないと、俺だと分かって貰えない。首から下げていた
   プレート掲げながら徐に語り出す。

ミスターT「孤児ナンバー31795、ミスターTです。以前大変お世話になりました。」
    俺の素顔と孤児ナンバーを聞き、ヴァルシェヴラームの表情が見る見るうちに明るくなる。
   ああ、間違いない。厳しくも優しくしてくれたヴァルシェヴラームの素顔だ。
ミスターT「お久し振りです、シェヴさん。」
ヴァルシェヴラーム「ああ・・・、大きくなって・・・。」
   涙を流しながら抱き付いてくる。以前は俺を見下げるように見つめていたが、今は逆に俺を
   見上げる形になっている。時が流れたという現れだろう



ヴァルシェヴラーム「いきなり帰ってきて驚きました。どうしたのです?」
ミスターT「お聞きしたい事がありまして。」
    ソファーに座り紅茶を入れる。その仕草は存在したであろう、母親の姿を思い浮かべる。
   俺は彼女に訪れた理由を述べだした。エシェラに合図をし、例の写真を渡して貰う。
ミスターT「この写真に見覚えありませんか?」
ヴァルシェヴラーム「あら・・・懐かしい。確か中央公園に遊びに行った時のもの。・・・そう、
          あれから18年経ったのね・・・。」
   懐かしそうに当時を振り返っているようだ。その表情はまるで菩薩の如く。実に懐かしい表情
   である。
ミスターT「この写真を撮るに至った経緯を知りませんか?」
ヴァルシェヴラーム「・・・なるほど。こちらのお嬢さんは、写真の赤ちゃんでしたか。」
   流石鋭い。俺の問い掛けで全てを把握した。まあ俺の直感と洞察力は彼女の影響だからな。
   当たり前といえば当たり前か・・・。
エシェラ「ご紹介が遅れました、私は・・・。」
ヴァルシェヴラーム「ご存知ですよ、エシェラ=ビルティムスさん。」
   エシェラの本名を言い当てた。まあこの写真が本当の事であるのだから、彼女の名前も把握
   している。

    この写真が撮られた経緯は次の通りだった。



    俺が10歳の時。孤児院全体で遠足と題して、中央公園へと向かった。こういったイベント
   は結構行われていたと言う。

    ピクニック気分になる孤児達が多い中、俺だけ浮いたように暗かったという。周りは遊んで
   いるのに、俺だけはベンチに座り空を眺めていたそうだ。


    その時、家族が隣のベンチに座る。生まれたばかりの赤ん坊が泣き出し、落ち着かせるため
   のようだった。なかなか泣き止まない赤ん坊に参り気味の両親だったという。

    すると徐に立ち上がった俺が、赤ん坊を抱かせて欲しいと申し出たそうだ。泣き止まない
   赤ん坊を胸に抱くと、何と見事に泣き止んだという。

    そうである。その大泣きしていた赤ん坊こそ、今傍らにいるエシェラなのだ。



ヴァルシェヴラーム「本当に驚いたわ。無頓着で何も関心を示さなかった君が、赤ちゃんを抱いて
          あやしだしたのよ。そのまま噴水の方まで歩いていった貴方を、エシェラさん
          のお父さんが写真を撮ったという訳。」
    一部始終を窺ったエシェラは呆然と聞き入っている。しかしその表情は今まで見た事がない
   ような穏やかさである。

ヴァルシェヴラーム「帰り際までずっと一緒。公園の中を2人で散策して歩き回っていたわ。ご両親
          と一緒に遠巻きで見守っていたけど、全く心配する事もなかった。」
    涙を流して聞き入るエシェラ。当時はまだ0歳の時なのだが、記憶にはしっかりと残って
   いるのだろう。いや、無意識なものなのだろうな。

ヴァルシェヴラーム「別れる時に再び大泣きしだしたのよ。その彼女の額に口づけをして、一瞬で
          泣き止ませたのも憶えているわ。まるで両親以上に愛していると言わんばかり
          の表情だった。」
ミスターT「そうでしたか・・・。」
    煙草を吸おうとして押し留まる。孤児院は全館禁煙だった。仕方なく紅茶で我慢する。その
   仕草にヴァルシェヴラームは小さく笑っていた。何ともまぁ・・・。



ヴァルシェヴラーム「貴方が覚えている過去の記憶はどこまで?」
ミスターT「15以前が全く思い出せません。それ以降から鮮明に憶えています。」
    俺は15以前の記憶がない。というか思いだせない。それまでどこで何をしていたのか、
   全く思い出せないでいた。
ヴァルシェヴラーム「君の以前の過去は、記憶喪失で忘れているのよ。15歳の時に遊びに来られた
          女の子が、そこの窓から落ちそうになったの。慌てて庇った貴方も一緒に下へ
          落ちた。女の子は無事だったけど、君は頭を強打して意識不明の重体に。直下
          に大木がなければ即死だったでしょう。」
   そんな事があったのか・・・、これでは過去の事を全く覚えていない訳だ・・・。現に今も
   当時を思い出す事はできないでいる。

ヴァルシェヴラーム「幸いにも一命を取り留めたけど、落ちる前の記憶を一切忘れてしまった。医師
          が言うには、もう直らないそうよ。また助かった女の子を危険に曝したという
          事で、その後会う事はなかった。」
ミスターT「でもシェヴさんの存在も危ぶまれなかったのですか。院長室から落ちたという事で、
      責任が降り掛かった筈ですよ。」
ヴァルシェヴラーム「女の子の両親が私に責任を押し付けない代わりに、君と会う事を禁止したの。
          世間的には私が責任を追わなければならないのだけど、貴方が譫言のように
          自分が悪いと責めていたわ。」
    そこまで前の俺は人を庇っていたのか。いや多分、他人の為という心は忘れていない。今も
   その原点回帰は心に焼き付いて離れないのだから。

ヴァルシェヴラーム「女の子の両親も世間の責任問題を解決させるため、苦肉の策として貴方に押し
          付けたの。本来はあり得ない事だったけど、それにはしっかりとした理由も
          あった。私がいなくなれば悲しむ子供が増えると、泣きながら言っていた。」
ミスターT「・・・そしてエシェラと会えなくなったと・・・。」
ヴァルシェヴラーム「ど・・どうしてそれを・・・、まさか・・・記憶が・・・。」
    俺の言葉に驚愕するヴァルシェヴラーム。しかしこれは推測の域である。実際に当時の状況
   を思い出す事はできない。
ミスターT「いえ、推測です。院長室まで入れるのは限れた人物のみ。堂々と入れたのは、ここに
      いる誰かと親しかったから。これらを結び付ければ、自ずと見えてきます。」
   なるほど、そういう経緯があったのか・・・。これで俺の過去のあやふやが証明できるな。
   傍らでエシェラが真剣な表情で聞き入っている。過去の記憶が蘇っているのだろうか・・・。



    既に夜となり、ヴァルシェヴラームも含めて食事を取る事になった。近くのレストランに
   入り、そこで会話しながら夜食を取る。

    俺は20から7年間の出来事を彼女に話す。風来坊としての生き様を、自分のできる限りの
   表現で伝えた。
ヴァルシェヴラーム「7年間日本中を回ったのね。」
ミスターT「色々と見てきました、良い事も悪い事も。あの7年間は自分の糧です。人の為に役立つ
      事を掴むのだと、一心不乱・我武者羅に突き進みました。」
ヴァルシェヴラーム「フフッ、変わらないわね。だから今も多くの人に慕われるのでしょうから。
          そして貴方の今の悩みも分かるわ。何か大きな事を頼まれて、それに対して
          どうしたらいいのか分からないと。」
   ハハッ、流石だわ・・・。マツミとの一件を完全に見抜かれている。流石俺の母親だ。見事と
   しか言いようがない。

ヴァルシェヴラーム「自分に正直に生きなさい。周りがどうこうではありません、貴方自身がどう
          あるべきか。そして人の為に役立てるか、それこそが貴方の原点回帰よ。」
    そうだ、その通りだ。結局は逃げていたに過ぎない。しかしそれは迷いそのものでもある。
   それを払拭してくれた恩師ヴァルシェヴラーム、本当に感謝し切れない。
ヴァルシェヴラーム「エシェラさんを大切にしなさい。生まれた時から貴方を慕っている。その様な
          大切な人を不幸にしてはいけません。」
ミスターT「そのつもりです。彼女の期待を裏切る事はしませんよ。」
   再び原点へと戻った。自分から進んでこの道に来たのだ、それを拒んでどうする。悩んでも
   立ち止まってもいいが、逃げてはダメだ。足が重たくても先に進まねば自分に潰される。

    俺は本当に幸福者だ。感謝し切れないほどの幸せを貰っている。だからこそ先に進まねば。
   そして一生涯掛けて報恩をしないと・・・。



ミスターT「ありがとうございました、シェヴさん。」
    食事を終えて孤児院へと戻る。俺よりも大人ではあるが、女性のヴァルシェヴラームを送ら
   ねば。野郎として当然の行為だからな。
ヴァルシェヴラーム「また何時でもいらっしゃい。ここは貴方の我が家なのですから。」
   彼女とガッチリと握手を交わす。もう悩むまい、後は先に進むだけだ。ヴァルシェヴラームと
   エシェラもそれを願っているだろうから。
ヴァルシェヴラーム「それと、しっかり覆面も付けなさい。覆面の風来坊さん。」
   ハハッ、こちらも全てを見透かされている。何とも・・・。俺は徐に覆面を装着し、普段の
   出で立ちに戻した。



    ヴァルシェヴラームと別れ、孤児院を後にした。ここから本店レミセンまでは約30分の
   道程。タクシーを拾って帰るしかない。しかし今の気分なら、歩いて帰ってもいいぐらいだ。
   エシェラに催促して歩いて帰る事にした。

    既に午後10時を回っている。エシェラの明日の行動に影響がないか心配だ。だが心の方は
   今までにないほどスッキリしている。


エシェラ「あの・・・。」
ミスターT「ああ、ごめんね。明日も学校だというのに。」
    徐に語り掛けてくるエシェラ。それに間隔空けずに詫びた。時間が時間なだけに、明日の
   彼女に影響を及ぼすからだ。しかし雰囲気的に話したい内容は別のようである。
エシェラ「ううん、違います。その・・・ありがとう。あの時助けてくれなかったら、私は死んで
     いたかも知れない。」
ミスターT「あ・・ああ、気にしなさんな。」
エシェラ「でも・・・それが原因で記憶が・・・。」
   彼女の罪悪感は俺の過去の記憶か。しかし既に過ぎ去った事。それが原因で今がある。これは
   紛れもない事実だ。

ミスターT「心配するな。命があっただけでも儲けものさ。それにそれがあったから、今の自分が
      存在できる。決して辛くも悲しくもない。」
    もっと優しい慰めの言葉を言えないのかね・・・。情けないったらありゃしない・・・。
   だが彼女の方は今まで見た事がないような歓喜に溢れる表情を浮かべている。
エシェラ「・・・私、この恩・・・絶対に忘れないから・・・。」
ミスターT「・・・ありがとう、エシェラ・・・。」
   ソッと寄り添ってくるエシェラ。その彼女の頭を優しく撫でてあげた。この子は必ず幸せに
   しないとな・・・。無論、周りの人々全てもだ・・・。



    俺とエシェラは心の深層で繋がっていた。しかも彼女が生まれて直ぐの時から。彼女は大切
   な人そのものだ。命を懸して守らないといけない。過去の俺がそうしたように・・・。

    己を振り返る切っ掛けを作ってくれたエシェラに感謝しよう。本当にありがとう・・・。

    第1部・第12話へと続く。

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