アルティメットエキサイティングファイターズ 〜集いし鋼鉄の勇者達〜
    〜第41話 本来の己自身〜
    作業を続けるミスターT。しかし涙が止まらない。ありとあらゆる負の感情が彼を襲い、
   外面的の気丈さが一切失せている。
   その彼を黙って見守るしかないエシェラとミスヒール。怖ろしいまでの不安に駆られ、彼女達
   も胸が締め付けられる思いだった。

ミスE「暫くそっとしてあげて下さい。」
    駆け付けるミスE。GM陣営を統括している彼女だが、殆ど相談役に応じている。言わば
   完全なフリーである。
エシェラ「で・・ですが・・・。」
ミスE「彼とは心中では意思の疎通ができています。彼の普段の気丈な部分は私に移動しています
    ので。」
ミスヒール「そんな事が可能なのですか・・・。」
ミスE「以前エリシェさんに意思自体を移動させた事がありますし。この場では不可能は事は殆ど
    ありませんよ。」
   2人とも納得する。ミスEの口調は彼女本人のものだが、その喋り方などはミスターTと何ら
   変わらない。敬語が使われている部分から、彼と推測する事が厳しいだけだ。
ミスヒール「原因は何なのですか?」
ミスE「お2人が一番知っているかと思いますよ。己の存在意義の見失い、それに対しての己への
    苛立ち。表せない感情が溢れ、負の感情として増え続ける。無意識に涙を流すのはそのため
    です。」
   よくもまあ自分の事なのに、こうも冷淡に話せると2人は思った。だが逆を言えば傍観者的に
   見ているため、冷静に自分の事を判断できていると言えるだろう。
ミスE「時間が解決させます。悩んでも行動だけは続けるのが彼ですので。そっとしておいてあげて
    下さい。」
   自分が自分の事を指し示す、何とも不思議な光景だ。しかし自分自身の事を述べているのだ、
   2人はどこか安心してしまう。
   今は何もしない方が無難だと思い、ミスEと共にその場を後にするエシェラとミスヒール。
   涙を流しつつ作業をする異様なミスターTだけを残して。



ミスヒール「ところでマスター、ミスEさんとはどこまでが異なるのですか?」
ミスE「女性の部分だけはミスEという人物で動かしています。それ以外の部分は殆ど彼とリンク
    していますよ。」
    臨時創生者となったミスEと行動を共にするエシェラとミスヒール。その中でミスヒールが
   今まで思っていた質問を投げ掛ける。それはミスターTとミスEとの境界線の事だ。
エシェラ「間違っても・・・、その・・ミスEさんの外見には手を出さないようにして下さい。」
ミスE「フフッ、そこはミスEの部分が強制的にブレーキを掛けていますからご安心を。」
ミスヒール「トイレとか・・・シャワーとかもですよ!」
   この2人の慌て振りにミスEは可笑しくて仕方がない。まあ行動を司っているのはミスターT
   本人なのだから。

    エシェラとミスヒールが心配するのは、ミスターTがミスEに触れるという事ではない。
   用は彼が他の異性に手を出す事を気に掛けている、言わば完全な嫉妬心だ。
   何時になく興奮気味の2人、その肩に手を回し慰めるミスE。幾分か行動がミスターTと同じ
   になりつつある。
ミスE「ご心配しなくても、彼を取ったりはしませんよ。根底は彼と同期している事ですし、1人の
    人物が2人に分かれたと思って頂ければ。」
エシェラ「なら尚更ですよ!」
ミスヒール「外見が男性なら何も言いません!」
   この対抗心は一体どこからでてくるのか。乙女心は全く分からないといったミスEだった。



    周りの試合の様子を見て回る3人。エシェラとミスヒールは不思議な気分になる。傍らに
   いるのはミスEだが、女性という部分を差し引けばミスターTそのものだ。
   だが目に見えるのはミスEであり、頼れる姉的存在である。視覚による環境順応は凄まじいと
   思わざろう得なかった。
ミスE「女性としての視点ですか、確かにそれも大切ですね。彼が男性であるため、男性としての
    視点でしか物事を見れていないのですから。」
   不意に語りだすミスE。それは男女別の視点による解釈だった。確かにその部分は大きなもの
   だろうが、2人が思うのは女性へ対しての視線そのものだから。
エシェラ「確かにそれは認めますが・・・。」
ミスヒール「一応男性なのですから弁えて下さい。」
ミスE「難しいですねぇ・・・。」
   先程あれだけ激怒していた2人とは思えないほど落ち着いている。エシェラとミスヒールの
   発言は息が合い、殆ど双子と見間違われるほど。
   まあミスヒールの現形はエシェラTBであり、その彼女の現形がエシェラなのだ。息が合う
   のは当然であろう。



ミスE「どうやら落ち着かれたようですね。」
    ミスEがそう語ると、徐にミスターTが3人の元へと歩いてくる。先程までの泣き崩れた
   状態じゃない。すっかり落ち着いている。
エシェラ「大丈夫ですか?」
ミスターT「すまない。現実で少々悲しい出来事があってね。その時の感情が暴発した。」
   エシェラとミスヒールが心配そうに様子を窺う。しかし当の本人は問題なさそうである。
ミスE「では私は戻ります。何かあれば仰って下さい。」
ミスターT「ああ、ありがとな。」
   一礼して去っていくミスE。この場面を見れば、彼との意思の疎通は跡切れていると言える。
ミスターT「それと塞いでいる時に、今現在の自分を表した作品を書いた。後で発表するよ。」
ミスヒール「それは小説ですか?」
ミスターT「ああ、現実味を優先したものだ。」
   内容がどんなのか楽しみなミスヒールとエシェラ。ここは早めに紹介した方がいいと思った
   ミスターTだった。



    ミスターTは一同に呼び掛け、一旦行動を中止してもらう。休憩も兼ねて、先程作ったと
   される小説を発表した。とは言うものの文字列のストーリー故に、紹介のしようがない。
   それに気付いたミスターTは、手帳から黒いカードに直接反映させる。つまり一同の生命とも
   言えるカードに直接見せだしたという事だ。

    一瞬にして手帳の内容が一同に伝わった。そのストーリーを体感した一同は、言い表せない
   感情に駆られる。ミスターT自身の心の思いが込められた、言わば決意とも言えるものだ。

ミスターT(俺自身の決意の現れ。一同に対しての心からの愛情。俺の原点回帰はそこらじゅうに
      存在する。変わろうという一念が強ければ、直ぐにでも変革は可能だ。)

    一同の脳裏にミスターTの言葉が過ぎる。意思の疎通を全員に放ち、会話をせずとも言葉が
   聞こえた。



    心のストーリーを感じ取った一同。言い表せない感情に支配され、ただ黙って余韻に浸る。
   この小説の主人公は、紛れもないその場にいる全員が当てはまる。
   自分ならどうなるのか、自分ならこうするだろう。各々が思い描いた人物としても変革が可能
   である。

    だがあえてそれを行わないで、閲覧者として体感した。彼の心の叫びを窺い知った一同は、
   自分好みに話を変えないでいた。

ターリュ「ただ単に恋愛ストーリーの感じがするけどねぇ・・・。」
    何気ない発言をしたターリュは、傍にいたメルアやトーマスSにどつかれる。大人の彼ら
   なら、何を言いたいのかハッキリと理解していた。
ゼラエル「流石ダンナ、悪役の使い方を理解なさってる。」
ベロガヅィーブ「策略とか合わないんだがなぁ・・・。」
アマギH「それを言うなら、俺なんか族のヘッドなんか絶対似合わない。」
   小説で抜粋された人物が、それぞれの感想を述べ合っている。これも言わば模擬シーズンと
   同じで、選ばれた人物達は幸運なものだろう。

ラフィナ「何故私も恋路のメンツの1人なのですか・・・。」
ミスターT「まだロスレヴでお前さんを出す前のネタを使った。恋路を貶された人物に激怒すると
      いう部分に。他の人物を考えたのだが、それではラフィナに悪いだろう?」
    ストーリー内部で自分と関係がある事を窺ったラフィナ。それを知った彼女は、彼を見る
   目が変わった。どこか心の中に違和感が存在するようである。まあそれは恋心なのだが。
シューム「私も一応人妻ですよ・・・。」
リュリア「母ちゃ〜ん、素直になりなって〜。」
   フリハト本編でも母娘で登場するシュームとリュリア。しかし放たれたストーリーの内容を
   窺って、かなり困惑している。リュリアの方は素直に受け止めているのが何とも言い難い。
   ターリュやミュックと同じく、幼心が素直に受け入れられる要因にもなっているのだろう。

    また小説内部で新たに属性を付けられた人物達は、ミスターTを見る目が異なっていた。
   特別な存在として選ばれたという事は、それはここでも色濃く反映される。
ミュックS「兄ちゃんの女好きは更に過激さを増してるじぇ。」
ミスターT「まあ私じゃなくてもよかったんだがね。」
ターリュS「兄ちゃ〜ん、そこは創生者の特権と言うんだよ。」
ミスターT「ハハッ、お前さん達らしい。」
   普通に笑うミスターTを見て、一時期号泣していた彼を知っている者達は安心した。それが
   原因でこのストーリーを作ったのだ。切っ掛けは些細な出来事から始まる事を痛感した。



ミスターT「余計な感情が行動に支障を来たすなら、一度その部分だけをリセットした方がいいかも
      知れないな。」
    ミスターTが話した言葉に賛同する一同。ここ最近の流れが著しく乱れている事に不満を
   感じてもいた。しかし彼を思う人物や、特定の人物に対する思い入れを抱く面々には辛い事で
   あった。
ライディル「指定のチャンピオンベルトを持っている人物も解除ですか?」
ミスターT「いや、そうすると再度試合を起こさないといけない。私から招いた一般の思いの部分
      などを省こうと思う。」
エシェラ「・・・そこはお任せします。非常に残念ですが、行動に不祥事を招くのなら省いた方が
     無難ですから。」
   物凄い残念そうな表情を浮かべるエシェラ。他にシンシアやエリシェもそうだ。短期間で恋路
   を学んだミスヒールなども。だがそれらは個人的な感情だ、本来の自分達には存在しないもの
   である。
    しかしそれ以外の面々は元に戻れるとあって嬉しそうな表情を浮かべている。素の状態に
   戻れるのは絶対にできない事だ。

ディルヴェズ「マスター。そのリセット後の状況がどうなるのか、先にお見せ願えませんか?」
    何かを思った様子のディルヴェズ。ミスターTに先の事を見れないかという申し出をした。
   言わば今現在を固定し、そこから未来がどうなったかと見つめる。そして再び前に戻すという
   事である。
ミスターT「未来を見ても辛くないのなら見せるはできる。だがその覚悟はあるのか?」
エシェラ「もちろんです、辛くても受け入れますよ!」
   代弁と言いたげにエシェラが答える。この事を誰よりも反対している彼女の事。知って戻れる
   のなら大歓迎だと言った雰囲気だ。
ミスターT「一同もそれで構わないのか、未来を知れずに変革をした方が幸せな場合もある。」
リュウジN「ん〜、いいんじゃないかね。」
アフィ「止まって悩むより進んで悩む。以前マスターが仰っていたじゃないですか。」
ミスターT「そうか、分かった。後悔するなよ。」
   そう言うと手帳に記述をしだし、黒いカードに仮反映させていく。それを手帳に記録し、録画
   といった状態で映し出していった。



    仮想現実の記憶が脳裏を過ぎる一同。これからの出来事は、未来で起こる事をそのまま見る
   事になる。



ミスターT「表の娯楽施設はそのままにしておくよ。息抜きには必要なものだから。」
    手帳に諸々の記述をしていく。それらを反映させる準備を行っていた。吹っ切れた形の彼は
   行動力があるが、表情は今までにないほど重い。
ビィルガ「マスター。我々のヒールの部分を完全に消し去って下さい。あくまでも中立の存在で。」
デュウバD「あたいも完全悪の方が性に合ってるから、普段通りに戻して下さいな。」
ミスターT「ああ、分かった。すまない・・・。」
   徐に懐から手帳とレザーケースを取り出す。そして手帳に何らかの手を加えだす。これだけは
   創生者の役割という事で、誰もが見守るしかなかった。

    作業をするミスターTの背後に抱き付くエシェラ。今までの記憶を消されるとあり、その前
   に温もりを感じたいと思ったのだ。本当は忘れたくない、それが彼女の本心だから。
エシェラ「・・・一時の安らぎをありがとう。私達全員を忘れないで下さい。」
ミスターT「ああ、突然でごめんな・・・。ありがとう・・・。」
   手帳に記述された内容を、レザーケース内の黒いカード全てに反映していく。それは一瞬に
   して施されていった。

    ミスターTの背後に抱き付いていたエシェラ。何食わぬ顔で離れる。何故そうしていたかも
   分からないといった雰囲気で。
エシェラ「あら、マスター。どうなされたのですか?」
   他の面々も周りにいる人物、特に陣営外の面々は他人のように接している。本来の姿に戻った
   と言えよう。
ミスターT「・・・お前さんの陣営に戻りな。コミュニケーションを取るんだ。」
エシェラ「分かりました。う〜ん・・・何でこんな所にいたんだろ・・・。」
   首を傾げながらフリハト陣営へと戻っていく。その姿をミスターTは辛そうに見つめていた。

    陣営別に最初の頃の感情にリセットされた。戦闘経験のみを残し、それ以外の個人的感情は
   一切が消去されたのである。

ミスE「本当にこれでよかったのですか?」
ミスターT「苦肉の策だ。元よりこうなる事は分かっていた。」
ミスE「もしかして・・・先程泣いていたのは・・・。」
    ミスEの推測に沈黙を以て答える。それだけで彼女は直感した。ただ単に泣いていたのでは
   なかったという事に。全てを見越しての行動だったのだ。
ミスターT「・・・私は卑怯だな。」
   今までの経験は何だったかと思ったミスターT。あの出来事も全て必要な現実であり、各々の
   大切な思い出である。それをたった一言と行動で消滅させたのだ。
ミスターT「・・・潮時か。一同の思い出を消したのだ、もう私の意欲は殺がれたも当然だな。」
ミスE「そこはお任せします。我々の一存では動けませんので。」
ミスターT「すまない・・・ごめんな・・・。」
   深い溜め息を付いた後、徐に作業を開始するミスターT。その表情は今だかつてないぐらい
   落ち込んでいた。

    黒いカードを全て手に取り、それらを優しく抱きかかえる。そしてカードに何らかの細工を
   施していくと、目の前に存在する人物達が一斉に消えていく。それは消滅ではなく、カードの
   中に戻っていくというのが正しいだろう。

    全ての人物が黒いカードに入ると、それらを解放していった。つまりは小説の中の存在へと
   戻っていったのだ。本来の自分自身に、それが今の現状だった。

ミスターM「また苦肉の策を。」
ミスターT「ええ。」
    誰もいなくなった試合会場。創生者補佐のミスEでさえ、既に存在がなかった。今この場に
   いるのは、ミスターTとミスターMだけだ。
ミスターM「まあそれも君の決断なら仕方がない。無論エディットは続けるのだろう?」
ミスターT「ですね。でも表に出す事はなくなります。同じ事を繰り返すのなら、やらない方が無難
      ですから。」
ミスターM「悲観的な考えだが、それもまた宿命か・・・。」
   一服しながら淋しそうに語るミスターM。ミスターTの辛さを誰よりも知っているからこそ、
   このような言葉しか思い浮かばないのだろう。
ミスターM「また動く事があれば呼んでくれ。」
ミスターT「はい、ありがとうございました。」
   そう言うとミスターMは去っていく。今までのとは一切異なり、彼もまた一同と同じく消えて
   いった。つまりは現実へと戻っていったとなる。

ミスターT「・・・俺という存在はここに封印しよう。もう・・・この戦場には戻らない・・・。」
    そう呟きながら椅子に腰を掛ける。そのまま黙ったまま動かなくなった。彼という存在が
   失われた証拠だろう。存在理由を失ったのだから、いる必要もなくなった訳だ。

    抜け殻のようなミスターTの筐体が、試合会場で沈黙を続けた。今後動く事はないだろう。



    一時の未来を見つめた一同。本来の自分へと戻る事は、それは破滅を導く事になる。先へと
   成長したのなら、それを悪いと取らずに受け入れるべきだと。

    一部始終を見終えた一同は罪悪感が募った。その殆どの人物が出たての頃に戻れる事を強く
   願っていた。要らぬ考えを廃し、純然な戦闘人として戻る事。それがこの結果なのだ。



    誰も声を出すものはいない。未来を見た事により、今までにない憂鬱さが襲い掛かった。
   思わなければよかった、言わなければよかった。そして知らなければよかった。それらの思い
   が自分自身を凄まじいまでに締め上げる。
ミスターT「お前さん達を責めはしないよ。これも1つの未来の現れだ。知らない方が幸せな場合も
      十分ある。知ってしまうのは、すなわち変革後の世界だ。」
   徐に煙草を取り出し一服するミスターT。こういった場面を何度も見てきたといった雰囲気が
   色濃く出ている。今までの行動全てがこれに当てはまるのなら、彼の苦痛は尋常じゃないほど
   のものだろう。
ミスターT「暫く休憩しようか。試合を始めたばかりで悪いが、休んだ方がいい。そして初期の頃に
      戻すのかどうかを決めてくれ。」
   とんでもない事になったと一同は思った。未来を見せられ、その結末も知った。重苦しい事
   この上ない。だがゼロからのスタートも望んでいるのも確かだった。この凄まじいジレンマに
   一同は何も言えず動けずにいた。



ミスターM「またとんでもない事になったな。」
    一同は休憩に入っており、不安な表情を浮かべて休んでいる。ミスターTは近くの椅子に
   腰を掛け、物思いに耽っていた。そこへミスターMが現れる。
ミスターT「仕方がなかったと思いますよ。本当は行うべきではありませんでしたが、最悪の未来を
      見ただけになりますし。」
ミスターM「その後の行く末は一同の手に委ねられる、か・・・。」
   一服しながら語る。創生者に位置付けされる2人は、全員の要望に応えるのが義務だ。それが
   彼らの変わらない役割なのだから。
ミスターM「まあ確率的に、9割は現状維持を望むだろうな。後の1割で変革を求める。冒険心が
      彼らに芽生えているのだから、考えない方がおかしいだろう。」
ミスターT「どのような結果になっても、恨まれませんかね・・・。」
ミスターM「総意がそうあるのなら、それに従うのが創生者だよ。押し付けはよくないが、彼らは
      彼らで考えるのだから。」
   全ては一同に掛かっている、それが今の見解だ。創生者あっての一同ではなく、一同あっての
   創生者なのだから。



エシェラ「あの、ご質問が。」
    今現在の現状を把握してか、ミスターMも暫くミスターTと一緒にいた。雑談する内容が
   リアリティに富んでおり、付け入る隙がないほどである。
   そこにエシェラが駆け付けて来た。表情は先程よりは明るいが、それでも現状を見れば落ち
   込むのは言うまでもない。
エシェラ「皆さんが望まれているのは、内面の現状打開でしょう。つまり勢力図に関係する一念の
     初期化。感情までのリセットはしなくてもよろしいのでは?」
ミスターM「エシェラ君のプランもあるが、どうしても削れない部分もある。言わば現状と初期との
      食い違いだ。そこのあやふやさを受け入れられるのなら、考えられなくもないが。」
エシェラ「う〜ん・・・。」
   ミスターTの代弁としてミスターMが答える。しかし抑えている部分は同じで、問いの解答は
   なされている。ミスターTはというと、手帳を見ながらペンを走らせていた。
ミスターM「君が思う気持ちは分からなくもない。しかし純然たる戦闘を望むのなら、要らぬ考え
      でもある。まあそれでも、総意に尽くすのが俺達の務めだがね。」
エシェラ「・・・やはり間違ってるのでしょうか。」
   どうしても間違ってるとしか思えないエシェラ。不安な心情を別の創生者に語り出した。
ミスターM「前に言わなかったかい。プロレスの枠組みから飛び出せば、要らぬ考えが必ず出ると。
      それを覚悟の上で今に至るのだ、彼が渋っていた理由が分かる筈だよ。」
   何も言い出せないエシェラ。ミスターMが語る事は間違いない。間違っていたのは自分達で
   あると。ミスターTが渋っていたのは、こうなる事を予測した上でのものだったのだ。
ミスターT「まあ、今更消す訳にはいかない。今に至るまでの人物の流れ、これが存在して初めて
      この場が存在するのだから。」
ミスターM「確かにそうだがな。それに彼女の思いも本物だとも分かる。陣営と役割を超越した存在
      がいる場こそ、このアルエキファイタなのだからね。」
ミスターT「若干の手直しは必要でも、今に至る感情までは制御しません。この場を維持するのも、
      私達の役割なのでしょうから。」
   今の決意を述べるミスターT。初期化のプランはどう考えても破滅しか導き出さない。ならば
   現状を維持しつつ、可能な修正を施した方が無難だと考えたようだ。
ミスターM「羨ましいね、思ってくれる人物がこうも多いと。」
ミスターT「師匠も大切な人がいらっしゃるじゃないですか。」
ミスターM「わ・・悪かった、先の発言はナシで。今のは黙認してくれ・・・。」
   少し焦るミスターM。意外な一面を見れたエシェラは小さく驚いている。彼にもまた大切な
   人物が存在する事を窺えて、少し落ち付いた彼女だった。
   今も思う特別な感情は、自分だけではなかったという事に気がついたからだ。



ミスターM「禁断覚醒を常用化したそうだね。」
ミスターT「ええ。腕の弱体化が懸念されますが、現実での向こう側では常用していますし。」
ミスターM「ハハッ、確かにそうだがな。圧倒的存在で完膚無きまでに叩き潰す。弱者虐めとなる
      かも知れないが、場が場なだけに押し通せるからね。」
    全く意味の分からない事を会話する2人に、エシェラは全く付いていけない。だがこの2人
   の何気ない会話を窺うだけで、今までの不安な感情が失せていく。心から安らいでもいる。
ミスターM「まあ今後も常用してもいいんじゃないか。俺達の役割は絶対的な存在で君臨しないと
      意味がない。この場だけはそれを貫かないとな。」
ミスターT「ありとあらゆる手段を用いても、ですね。」
   本来の自分に振り返る事で、明確な目標が見えてくる。いや、原点回帰できるとも言うべき
   だろう。
ミスターT「ありがとうございます、師匠。原点回帰ができました。」
ミスターM「お安いご用だ。裏方から本気を出せないが、背中を押せる存在は担いたい。君もあまり
      無茶はするなよ。適度なバランスを維持する事が大切だ。」
ミスターT「了解、以後気を付けます。」
   ミスターTの肩を軽く叩き、一服しながらその場を去っていく。例のように直ぐ消えていく
   様は、間違いなく異世界に戻っていくようである。



ミスターT「心配を掛けさせたね。」
エシェラ「いえ、いいのです。発端は私達にあったのですから。」
    傍らで今も落ち込むエシェラ。その彼女に激励をするミスターT。彼女の心境は痛いほど
   理解している彼だった。
エシェラ「プロレスの枠組みから抜け出れば、収拾が付かなくなる事も理解しています。また本陣の
     世界観を出してしまえば、これもシドロモドロになる事も。そして・・・個々人への特別
     な思いも、本来は無用なものです。」
   近くの椅子に座り、静かに語りだすエシェラ。その考えは総意を意味してのものでもある。
   彼女は現状をしっかりと理解していた。
エシェラ「それでも・・・この気持ちは本物・・・。偽りたくないし、否定もしたくない・・・。
     現に貴方を思う心は・・・、私は・・・。」
   自分の感情を上手く言い表せないエシェラ。怒りとも悲しみとも言えない表情は、今の彼女の
   精一杯の感情表現だろう。
ミスターT「お前さんの心中は知っている。自然のままでいい、ありのままの姿でいるんだ。そう
      自分を責めるな。」
エシェラ「分かってます・・・。」
   口ではしっかりとした事を述べるが、心中は混乱し続ける彼女。ミスターTの述べる事は、
   現状維持で行うと分かっている。しかし彼を苦しめたのは事実だ。それに対しての苦しみを
   感じているのだから。



ミスターT「さて、休息をして考えたと思う。正直な思いでいい、今後どうするかを総意で決めて
      くれ。」
    休息を終えた一同。だがとても休息とは言えない状態だった。変革を求めてはいるが、その
   末路は終焉である。だが現状維持で行っても、先が見えなくなるのは明々白々であった。
   それでも一同の思う所はただ1つ、絶対的な己の戦場の確立である。
ディルヴェズ「正直な話、この現在自体が本題から反れていますね。」
ミスターT「そうだな。それでも、己の存在が表せるのは幸せな事。諸々の感情も、この場限りでは
      押し通せるのかも知れない。そのぐらいの融通性を利かせなければ、それこそ停滞して
      止まってしまうのだろうから。」
   総意も何も最終判断は創生者の一存で決まる。言わば総意に問い掛けたのは、総意という自分
   自身に確認したかった事になる。一同は彼自身、彼は一同に通ずるのだから。
ミスターT「現状維持で進めようと思う。その方が今までの思い出が無駄になる事はないだろう。」
ビィルガ「マスター、我々の性格だけは変更をお願いします。他の面々の役割を奪ってしまう事に
     なってしまうので。」
ミスターT「それはそれでいいんじゃないかな。一部を修正すると考えていたが、気に入らない部分
      だけを消し去るというのは好ましくない。お前さんは未知数の部分があるという事が
      最大のウリだからね。」
デュウバD「確かにねぇ〜。形作る事も必要という事だね。」
   それぞれの存在と今に至るまでの歴史。それらは紛れもない掛け替えのない思い出そのもの。
   基礎となる形を無理矢理意固地に形成するのもいいだろう。しかし何の解決にもならない。
   変革が訪れてこそ、大いに盛り上がるのだから。



ゼラエル「それと、ダンナに1つお話が。」
    ゼラエルが話を切り出してくる。他にも言いたい事があるといった面々が数多い。しかし
   それらは反論ではなく、ミスターTの足枷を取り除こうというものだった。
ベロガヅィーブ「マスター自身も積極的に動くべきかと思います。」
スカーレット「あのストーリーはマスターの心を表したのでしょう?」
ユウト「動くべきですよ。創生者だから動かないという事では、我々も辛いですから。」
エシェツ「一緒に楽しんでこそ盛り上がるのですから。」
   それぞれの思いを述べる。こうなったのも全てミスターTが傍観を決めていたからでもある。
   自らも参加する事でそれらを払拭させる。それが彼が一同に言う自然体そのものなのだから。
ミスターT「そうだな、ここは先駆者のお前さん達に従うよ。」
ディーラ「でもあまり出過ぎは良くありません、適度さが大切です。」
エイラ「後の流れは任せて下さいな。マスターは見ながら適度に参加して貰えれば幸いです。」
   度が過ぎるのも良くない現れだった。それもしっかりと述べる一同。彼が主役でもあるが、
   一同が主役でもあるのだから。
ヴュオリーア「それと、しっかりと労わる事。大切な人なら尚更です。」
ヴァルラーム「一歩引いては失礼ですよ。ちゃんと前を向いて受け止めてあげて下さい。」
ミスターT「・・・ああ、分かってる。」
ライア「本当ですかねぇ〜。」
マイア「まあマスターを信じましょう。」
   女性陣がエシェラの事を述べる。誰よりもミスターTを心配しているのだから、その彼女に
   応えるのが創生者たる者なのだと。
ミスターT「・・・俺は幸福者だな・・・。」
   ふと呟くミスターT。その言葉に一同は驚いた。今の今まで自分の事を“私”と呼んでいた。
   それが今は“俺”と言っている。この言葉を聞けば、彼が変革したという事が窺えただろう。



    結局は元ある形に戻った。いや、継続していこうというのが実情だろう。再び同じ状態に
   なっても、この出来事が原点回帰できるなら止まる事はない。
   一同はどこか納得ができないといった雰囲気はあるが、再び進める事に感謝してもいた。

    悩んでは止まり、そして悩みを解決し先へと進む。その繰り返しはここでも健在だった。
   否、先程の出来事を見れば出来上がったというべきだろう。

    原点回帰は至る所に存在するのだから・・・。

    第42話へと続く。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

戻る